上海ハイウェイス法律事務所の法律相談事例!連載 ~第43回~
法律物語
GPS による勤怠管理は違法?
甲社の『就業規則』及び『外勤・出張勤怠管理』には、外勤職員に対する勤怠管理を GPS を利用して行うことが定められてい る。甲社は営業の Y 氏に社用スマホを支給していたが、Y 氏が勤務中にスマホの電源を何度も切ったため、Y 氏に対する勤怠考 課は正常に進められなかった。そして甲社は無断欠勤を理由に Y 氏を解雇した。Y 氏は、「GPS を利用して勤怠管理を行うこと は、プライバシー侵害に当たるため、甲社の関連規定は無効であり、さらに甲社による解雇も違法である。」と主張し、労働仲裁 を提起した。
2018 年に発生した上記の事案は、最終的に蘇州裁判所により「甲社による解雇は不正ではない」と認定され、Y 氏の請求は 棄却された(詳細については(2018)蘇 0402 民初 5721 号を参照)。しかし、『個人情報保護法』施行後も、GPS を利用した勤怠管 理を行ってもよいだろうのか?
GPS による勤怠管理は、従業員の位置情報を取得する必要があるが、位置情報はセンシティブ個人情報に該当する。『個人 情報保護法』第 13 条第 2 項によると、適法に制定された労働規章制度及び適法に締結された集団契約に基づき人事管理を実 施する上で必要な場合、個人情報取扱者は個人情報を取り扱うことができ、個人の同意を取得する必要がない。一方、同法第 29 条では、センシティブ個人情報を取り扱う場合、本人の同意を個別に取得しておかなければならないと定めている。懸念点 は、企業が従業員のセンシティブ個人情報を取り扱う場合、従業員から個別の同意を取得する必要があるか否かについて、法 令で明確にされていない点である。このような背景下では、リスク最小化のために、従業員から個別に同意を取得しておくことが妥当な対処法である。では仮に今後、使用者が『個人情報保護法』第 13 条第 2 項で定められた範囲内でセンシティブ個人 情報を取得しようとする場合、従業員から個別の同意を取得しておく必要がない、という規則を立法機関または司法機関が採用 すれば、企業は任意で GPS による勤怠管理を行うことができるのだろうか?実際はそうとも限らない。
法規定の有無を問わず、企業が GPS による勤怠管理を行う場合、まず重要なことは GPS による勤怠管理の目的と必要性を きちんと説明し、できる限り従業員の理解を得ることである。そうしないと、仮に従業員の同意、署名を得たとしても、従業員の反 感を買ったり、或いはプライバシー侵害に対する不安などネガティブな心理状態を与えることになる場合は、従業員のやる気や 安定性に不利に働き、結果勤怠管理の趣旨に背くことになる。従業員の理解を得ることは HR にとって大きなチャレンジである。 従業員の心配と抵抗感を失くし、理解を得るために、HR は道理と根拠に基づいて、GPS による勤怠管理の目的、対象者、具体 的なツール、対象情報の範囲などを事前に説明しておく必要がある。
実務において、GPS による勤怠管理を行うときは、以下のポイントにも留意すべきである。
第一に、GPS ツールの選択。総じて言えば、個人所有の設備と比べ、企業から支給される設備を使用する場合、リスクは小さ い。企業は各自のニーズに応じて多種多様なツールから、相応しいものを選択することができる(WeChat、DingTalk など)。個人 情報や資料の混同を防止し、企業の商業秘密を保護するために、従業員には企業公式 WeChat・DingTalk アカウントなどを使用 させるのが良いと思われる。
第二に、対象者の範囲。GPS を利用した勤怠管理を従業員全員に行う必要がないことは明らかだ。通常では、運転手、販売 担当者、アフターサービスなど、勤務場所が不特定になる者が対象者となる。
第三に、管理の合理性と限界。例えば、通常、GPS による勤怠管理は労働時間に限定される。また、不定時労働時間制又は 総合計算労働時間制の場合は、場所で限定することができる。時間又は場所の設定が不合理な場合は、法的リスク又は予想 外のコストを引き起こす。例えば、使用者が、「従業員に対して 24 時間の GPS による勤怠管理を行うことができる」というような規 定を定めた場合、従業員がプライバシー侵害を主張する、又は GPS 監視を受けるいかなる時間及び時間帯が労働時間に該当 するため、残業代を支払うようにと要求してくる可能性がある。
実務検討
抵当権設定登記期間を超過した場合も抵当権を行使できるか?
乙社は甲社と業務提携を行うために、甲社を抵当権者として乙社所有の 2 個の不動産を抵当に入れ、抵当権設定登記を行っ た。その後、2 社は紛争を起こし、訴訟にまで至り、その結果、甲社が勝訴した。しかし、甲社が 2 個の不動産に対して執行申立 を行うときに、2 つの問題が見つかった。1、双方が約定した、かつ実際の抵当権設定登記期間がまもなく満了をむかえるが、裁 判所による不動産差し押さえは上述の期間満了後に行われること。2、乙社は多額の負債を抱えており、甲社以外にもその他の 債権者が同時に当該 2 個の不動産の抵当権者となっている(甲社が第一抵当権者である)こと。乙社は複数の執行案件に係わ っている。
このような場合、甲社の抵当権は有効か?甲社は優先的に弁済を受けられるか?
前『担保法司法解釈』第 12 条には、「当事者が約定する、又は登記部門が要求する担保期間は担保物権の存続に対して法 的拘束力を有しない。」と規定し、抵当権設定登記期間が抵当権の効力に対して影響を与えないことを明確にしている。しかし 『民法典』の施行に伴い、上述の司法解釈は失効し、『民法典』及び新しい司法解釈では、類似の規定が明確にされていない。 『民法典』第 393 条では、「下記のいずれかの事由に該当する場合は、担保物権は消滅する。1重たる債権が消滅した場合。2 担保物権が実行された場合。3債権者が担保物権を放棄した場合。4法律の規定により担保物権が消滅するその他の事由。」 と規定している。当該規定からみて、抵当権設定登記期間の満了により抵当権が失効することはない。
実務からみて、『民法典』施行後、抵当権設定登記期間の満了が抵当権の効力に対して影響を与えるか否かに対する行政部 門の観点は変わっていない。上海及び大連の登記部門の実務方針によると、抵当権が消滅する場合は、抵当権抹消登記を行 う必要がある。さもなければ、当該抵当権は存続し、抵当物の正常な使用、流通が不可能になる。又、司法機関の観点も変わっ ておらず、例えば、北京市第四中級人民法院は(2021)京 04 民初 236 号判決書において、「上述の抵当権設定登記期間は満了 したが、抵当権設定登記の日付は抵当権の存続に影響を与えない。」と指摘した。従って、抵当権設定登記期間が満了した場 合に、債権が有効である限り、抵当権は依然として効力を有する。
さらに本件について、抵当権設定登記期間満了日と不動産差押日が一致しない状況下で、その他の裁判所が先行して当該 不動産を差し押さえた場合は、甲社が第一抵当権者として優先的に弁済を受けることに対して影響があるのか?
『民法典』第 414 条によると、同一の財産が 2 名以上の債権者に対して抵当に入れられた場合は、抵当財産の競売・売出によ り取得する代金は、下記の規定により弁済に充てる。(1)抵当権が既に登記されている場合、登記日の順序によって弁済順位を 確定する。(2)抵当権が既に登記されている場合、未登記のものに先立って弁済を受ける。(3)抵当権が登記されていない場
合、債権の比率に応じて弁済する。従って、抵当権設定登記期間が満了した後、抵当権抹消登記を申請しない場合は、抵当権 設定登記の記録は残ったままとなる。甲社が先行して抵当権設定登記を行ったので、仮に名目上、その他の裁判所が「先行し て差し押さえた」としても、甲社が第一抵当権者として弁済を受けることに影響を与えない。
又、注意すべきことは、債権者が債権を主張することと抵当権行使を要求することは、異なる行為に該当し、互いに代替する ことができないということだ。『<中華人民共和国民法典>における担保制度の適用に関する最高人民法院の解釈』(法釈〔2020〕 28 号)第 44 条第 1 項には、「...主債権の訴訟時効の期間が満了する前に、債権者が債務者に対してのみ訴訟を提起し、人民 法院による判決又は調停後に、所定の執行申立時効期間内に強制執行の申立を行わず、抵当権設定者に対する抵当権の行 使を主張した場合、人民法院はそれを認めない。」と規定している。抵当権は物権に属し、それ自体は訴訟時効を適用しない が、主請求の従属権として、主債権の存在に伴い存在するためである((2020) 滬 01 民再 86 号判決)。従って、上述の規定は、 主たる債権の訴訟時効の期間満了前に抵当権者による抵当権の行使を促すことである。
立法動向
人力資源?社会保障部などの部門が共同で優遇政策を公布
2022 年 4 月 25 日、人力資源・社会保障部、財政部、国家税務総局が共同で『失業保険・安心な職場づくり・技能向上・失業防 止対策に関する通知』(人社部発〔2022〕23 号、以下『通知』という)を公布した。『通知』には、企業に関わる優遇政策が多く含ま れ、注目に値する。
1. 失業保険の返還について
企業の規模、リストラ率に応じて、異なる割合で失業保険を返還することができる。
失業保険の返還を受ける場合は、失業保険に加入した企業が前年度にリストラを行っていない、又はリストラ率が前年度全国 都市調査失業率の目標を上回らないという条件を満たす必要がある。また失業保険に加入している企業の従業員が 30 人以下 である場合は、リストラ率が失業保険に加入している従業員数の 20%を上回らないという条件を満たす必要がある。
企業及びその従業員が前年度実際に納付した失業保険は失業保険返還基数となる。返還割合は、大型企業の場合は 30%、 中小零細企業の場合は 90%を超えない。
返還政策の締め切りは 2022 年 12 月 31 日とする。個別の地区を除き、原則として、企業は申請後、失業保険の返還を受ける ことができる。
2. 技能向上手当について
失業保険加入後 1 年以上経つ従業員が職業資格証書又は職業技能等級証書を取得した場合、企業は規定に従い技能向上 手当の受領申請を行うことができる。技能向上手当の基準における上限額は、初級(5 級)は 1000 元、中級(4 級)は 1500 元、高 級(3 級)は 2000 元である。
技能向上手当を享受する上限回数は 3 回/人/年を超えない。技能向上手当政策の締め切りは 2022 年 12 月 31 日とする。 3. 従業員慰留教育手当について
下記の条件を満たす企業は、失業保険に加入している従業員数に応じて、教育の代わりに仕事を手配することにより、500 元 /人を上限とした 1 回限りの従業員慰留教育手当を獲得できる。
条件:2022 年 1 月 1 日から 12 月 31 日、累計 1 つ以上(1 つを含む)中・高リスク地域が出た市(地、州、盟)、県(市、区、旗)、 コロナウィルスにより深刻な影響を受け、長期にわたり正常な生産経営を行えない中小零細企業。
4. 料金引き下げ・納付猶予
政策を 1 年延長する。つまり、失業保険・労災保険料率の段階的な引き下げ政策が 2023 年 4 月 30 日まで継続される。
飲食、小売、観光、民用航空、道路・水路・鉄道運輸企業に対して段階的に養老保険、失業保険、労災保険の納付猶予を実 行する。その内、養老保険費の納付猶予期限は 3 か月、失業保険・労災保険の納付猶予期限は最長 1 年、納付猶予期間は遅 滞金、延滞金が免除される。
弁護士紹介
金燕娟 弁護士/パートナー
8年以上の日系企業での勤務経験を持ち、日系企業の文化、経営管理上の普遍的問題点などについて深い理解を持つ。業務執行においては、それぞれの会社の実情に合わせ、問題となる根本的な原因を見つけ、相応の解決策を導き出すことが得意で、顧客中心リーガルサービスの提供が出来る様、日々取り組んでいる。
その他にも、長年にわたるビジネス実務経験と弁護士業務経験を生かし複雑なビジネス交渉などにおいても特有の技能と優位性を示している。
学歴:華東政法大学出身、民商法学修士号取得。
使用言語:中国語、日本語
主な取扱分野:会社運営の日常業務。複数の業種の企業の法律顧問を長年に渡り、務め、人事、リスク管理などを含む総合的リーガルサービスを提供している。知的財産権分野。企業の法律顧問を長年務めるとともに、営業秘密、特許、商標などに関連する訴訟、非訴訟業務に従事し、特に営業秘密の管理体系及び個別案件の処理については幅広い知識と豊かな実務経験を持っている。
不正競争防止分野。主に「ブランドのタダ乗り」、虚偽宣伝を含む知的財産権に関連する不正競争案件、知的財産権侵害と不正競争との複合紛争案件を処理し、個別案件の実情に基づいた有効な解決策の提示を得意としている